幸せになるには善いタネまきを ~因果の道理~

布施をする、つまり、人に金や物を与えることは、自分のほうがをするのではないか?

 

と感じてしまう。

 

リンゴを3つ持っていて、2つを人にあげると、自分の手元にはリンゴは1つしか残らない。

 

これを損と思うか、得と思うか?

 

目先の結果しか見ていないと、確かに損をしたように思う。

しかし、人にリンゴを与えたこの人にはそのリンゴが5倍10倍にもなって返ってくる。

 

リンゴをもらった相手はもちろん喜んで「有難う」と言うだろう。

人は感謝されると、幸せな気分になるものである。

 

「この間、あの人にリンゴをもらったから、お土産にケーキを買っていこう。」

「いつも親切にしてもらっているから、今度は私が何かしよう」

 

そうやって、人に「与える」人には物や幸せが集まるのである。

 

これを因果の道理という。

 

因果の道理(いんがのどうり)・・・

すべての結果には必ず原因がある。原因が分からないということはあっても原因なしに起こる結果はない。それが、いつでもどこでも変わらない大宇宙の真理である。

 

この「道理」というのが実はキーポイントで、例えば、

 

「今日は寒いなと思って外を見たら、雪が降っていた。」

「どうりで。」

 

の、「道理」である。

 

2600年前のインドでも、平成の日本でも、いつでもどこでも誰でも納得する教えがこの因果の道理。

 

因果の道理は、仏教の根幹となる教えであるため、これが理解できなければ仏教は分からない。

 

そして、仏教独自の考えなどではなく、お釈迦様が発見された真理である。

 

①善因善果・・・善いタネまきをすれば、必ず善い結果があらわれる。

②悪因悪果・・・悪いタネまきをすれば、必ず悪い結果があらわれる。

③自因自果・・・自分の行いは、必ず自分に結果があらわれる。

 

「自業自得」という言葉はもともと仏教の言葉だが、普段の生活でもよく聞く。

 

「試験勉強をしなかったから、テストで0点だった。」

「それは自業自得だね。」

 

「業(ごう)」とはインドの言葉で「カルマ」といい、「行い、行為」のことである。

 

つまり、自分の行いは自分の得になる、という意味なので、本来は悪い結果にも善い結果にも使われる言葉だった。

 

三世(過去世、現在世、未来世)をつらぬいて、わたしたちの業(行い)は100%どこかで結果があらわれることになる。

 

だから、幸せになりたければ、「悪をやめて善をしなさい」という廃悪修善を徹底して勧められている。

 

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