生きる意味ってなんですか?

~その答えは仏教にありました~

親に感謝できないのはなぜか?

「なんで自分は親に感謝できないんだろう?」

 

と悩んでおられる方は意外と多いです。

 

親に感謝できなくて悩むというのは、

非常に尊い心の持ち主だと思います。

 

自分の心を見つめ、

「親に感謝したい」

と努力している方にしか湧いてこない心だからです。

 

昔から、

親には感謝しなさい、

親孝行すべき、

育ててもらったのだから恩返しをすべき

などと言われます。

 

仏教でも、

親の恩というものを非常に大事にします。

 

父母恩重経というお経の中には、

山よりも高く海よりも深い親の恩を、

十に分けて説かれており、

これを、【親の大恩十種】といいます。

 

たしかにここまで育ててもらい、

大学など出させてもらったならなおさら、

親に感謝しなければならないのは分かります。

 

しかし、親が酒飲みで、暴力をふるい、

借金をつくって家族を捨てて他の女の元へ行く。

そのせいで家族はめちゃくちゃ。

自分も不幸。

 

そんな親でも果たして感謝できるでしょうか?

 

(なんで自分を生んだんだ!)

(勝手に産んだんじゃないか!)

(こんな不幸にするならいっそ生まれてこなければよかった!)

 

心の中ではそう叫んでいます。

 

そこまで大変な家庭ではなかったとしても、

「まぁ、親に感謝はしているけど・・・」

「恩返ししようとか、そこまでは考えない」

「親が学費出すのは当たり前でしょ」

 

実際はそういう人が多いように思います。

 

実は、

本当の意味で親に感謝できるのは、

自分が本当の幸せになった時です。

 

本当の幸せとは、

世間でいう相対の幸福とは全く違う幸せだと

お釈迦様は説かれています。

 

仏教を聞き、

「自分が生まれてきたのはこのためだった!」

という絶対の幸福が分かった時です。

 

「自分はこの喜びの身になるために、この世に生まれてきたんだ!」

 

ということがハッキリわかると、

産んでくれた親に感謝せずにおれなくなるのです。

 

逆に言えば、

「自分が何のために生まれてきたのか」分からない、

喜べないうちは、

心から「産んでくれてありがとう」と思えないのは当然なのです。

 

感謝しなさい、とか、親孝行するべき、

など人から強制されるものではありません。

絶対の幸福に救われると、

感謝せずにはおれなくなるのです

 

どんなにだらしない、

どうしようもない親だったとしても、

その両親がいなければ、

こんな幸せにはなれなかったと思えるのです。

 

産みの親に限らず、

育ての親にも、

親の代わりに育ててくれた人にも、

ご恩を感じずにはおれません。

 

仏法を聞き、

少しでも早く絶対の幸福にさせていただくことが、

真の親孝行であり親の恩に報いることになります。

 

その身になるまで仏教を真剣に聞かせていただきましょう。